・「潜水服は蝶の夢を見る」(ややネタバレ)
 同僚にDVDを借りて観た。
 ELLEの編集長で、仕事はやり手、私生活も楽しみ、完璧にカッコいい生き方をしていた主人公、
 ジャン・ドゥーが、突然、脳梗塞で「ロックトイン・シンドローム(locked-in syndrome)」という、
 脳は正常に機能しているものの、身体は左眼以外は全く機能しない、という状態になり、
 家族やこれまで周囲にいた人々、入院している海辺の病院の療法士たちとの関わりの中で、
 機能回復をはかり、読まれるアルファベットをまばたきで指示して言葉を表現し、
 本を書き上げた日々を描いた実話をもとにしたもの。
 はじめのうちは、主人公の左眼から観た周囲の映像と、主人公の語りのみで進められる。
 この監督さんのものははじめて観ましたが、さすがに画家さんということで、
 薄水色の壁の古い病院、乳白色の風に揺れるカーテン、病院のテラスから見える海等の風景、
 時折はさまれる主人公の頭の中のイメージ映像なども、とても綺麗でした。

 この主人公役の俳優さん(マチュー・アマルリック)が、とてもよかったと思う。
 若い頃〜編集長時代のフラッシュバック映像から見ても、実際、結構やんちゃなのでは?
 と思える魅力的な人が、動けない身体や固まってしまった表情、左眼だけで伝える感情の揺れ
 などを、しっかりと表して見せてくれていたと思う。
 
 中身については、感想を思いつくと、それが、監督さんの映像の描き方についてと、
 この実話を著した主人公の視点や言葉についてと、混じってしまうのだけれど...、
 私などには想像もしかねるような過酷な毎日の瞬間の連続の中で、
 しっかり女好きな視線を忘れていないところや、おいしい物への興味を持ち続けているところ、
 持ち前のやんちゃさや、生活のセンスみたいなものを失わなかったのは、
 やはりジャン・ドゥーという人は、すごくエネルギーと能力があった人なのだと思うし、
 そういうところが、ちゃんと作品にも表されていたと思う。


 いくつか印象に残ったシーン。
 それまで主人公の左眼で観る風景だけで、主人公の姿がまったく映されていたなかったが、
 主人公が、自分に麻痺せず残されているのは「想像力と記憶」だ、と気づき、
 頭の中の知識から思い描くさまざまな映像や、過去の記憶のシーンを思い浮かべていて、
 彼自身の若かった頃や子どもの頃の映像が次々と映し出された次の瞬間、
 右眼を閉ざされて、唇の引きつった、車椅子に乗った現在の主人公の姿につながるところ。
 (内容的には、彼には、想像力と記憶の他、意思もちゃんと残されているよ...、と思った。)

 そして、夫としても、3人の子どもたちの父親としても、”影法師のようだった”彼の元に、
 毎週、会いに訪れる妻と子どもたちとの、海辺でのシーンで、
 息子が、父の涎を拭いてあげた後、感情がこぼれたように泣いて、母に抱き寄せられるところ。
 
 愛人からかかった電話に妻が出て、夫からの愛人への言葉を、妻が伝えるところは、
 妻への思いがあっても、その妻を通して愛人へ言葉を伝えるしかなかった主人公の気持ちが、
 私的には、うまく消化できない場面だった。

 
 このジャン・ドゥーのような、能力とたくさんの経験をもった人だったから、
 身体の麻痺した状況でも、想像力と記憶をもとに豊かな生き方ができたのか、と思うと、
 たくさんの記憶や想像をもてる生活は大切だなと思ったり、
 でも、ジャンのようでない人が、こういう状況になっているとしたら(実際いるだろう)、
 いったいどういう思いで日々を見て過ごしているのだろうか、と思ったり、
 ジャンのような人が、その状況を言葉にする能力がある人だから、
 それを人々に伝える役目になったのではないか、とか思ったり、した。

 はじめとラストの氷山のシーンは、監督が考えたものなのだろうか?
 氷山であっても、冷たくもなく(もちろん)温かくもなく、人の映るシーンでないのが、よかった。
 音楽もとてもよかった。